*** 今回のコラムに関して ***
2012年6月4日、
京王プラザホテル八王子にて行われた
「第7回 救命救急医療講演会」にて
救命救急センター長 新井隆男が行った
講演の内容をお送りします。
八王子高齢者救急医療体制広域連絡会(八高連)の
バックアップを得て、
会場の定員を大幅に超える77名様にご参加頂き、
盛会となりました。
みなさま、お忙しい中お集まりいただき、
ありがとうございました。
【バックグラウンド】
東日本大震災以降、災害医療対策の取り組みが高まっていますが、多くの先生が言うには、『人間はどうしても、災害や交通事故といった確率の低いイベントに対して、これまでの自分の経験に基づいて、「自分は大丈夫」と思ってしまう』ようです。
しかし自分の経験だけではなく、歴史やデータに基づいた準備をしなければ、痛い目にあいますよ、という話です。4年で70%というのは、賛否ある数字ですが、少なくとも、首都圏直下型地震が切迫しているというのは専門家の共通見解ですし、4年と言われてからすでに半年たった今は、残り3年半になってしまいました。
これは、テレビの報道特集でも、昔、東北沿岸で大きな津波被害があったときに、ここまで水が来たよ、という目印として、祖先が各地に神社を建てた、その神社を結んだラインと、今回の津波の浸水域が、酷似していた、というのを報道していました。
『想定外』という言葉が出ましたが、今回のような津波は、全く想定されていなかったわけではなく、学会レベルでは十分予測されていたものです。・・・こういった事実からも、東京都としては、直下型地震を楽観視せず、より現実的な備えを、ということなのだと思います。
【被害想定】
まず、大事なことは、『被害想定』を知ることかも知れません。お手元には4月にアップされたものをお配りしましたのでゆっくり詳細はご覧いただくとして、ポイントは、天皇陛下の墓があるくらい地盤が固くて安全だと言われる八王子市でも、多摩直下型地震によって、死者300名、重症患者500名、と想定されていることです。
この数字をみると、途方にくれてしまいます。八王子医療センターも、東海大学も、重症例が10名も搬入されたらアップアップするでしょうし、そもそも八王子市で同時に出動できる救急車数は12台くらいなので、重症者が急に500名も発生したらどうにもできません。
多摩地域はまだ軽い方で、さらに都心は死者何千人、重症者何万人、というレベルです。最も被害が大きいと言われる東京湾北部地震では、東京都全域での死者が9700人、重症者は21900人となっています。
このままでは、最大多数の最大幸福を目指して、トリアージの結果、黒は諦めろ、そして赤も諦めろ、黄色と緑だけは治療を、というようなことになりかねません。このような途方もない被害想定に対し、我々はいったい何をどう準備しておけば良いのでしょうか?
【災害医療の原則】
話すと意外と驚かれる、災害医療の一般論ですが、災害直後に、『誰が助けにきてくれるの?』という問いかけですが、いつも横山先生のお話を勝手に使って恐縮なのですが、答えは『誰も助けにきてくれません』です。
自分で自分の身を守る『自助』、周りと協力して助け合う『共助』、最後にやっと救助がくる『公助』、の割合が、7:2:1というのは、今後、社会の医療システムがさらに進歩しても、この割合は改善しないだろう、というのが多くの声です。
たしかに、救急車は10数台ですし、自衛隊もレスキュー隊もすぐには来ませんし、全国からのDMAT隊も現地入りには約1日かかります。『助けはすぐには来ない』ことを知ることが、災害医療を考えるスタートかもしれません。
したがって、我々、医療機関や施設の職員は、災害が発生した時、まずは入院患者さんや職員の安全を確保して、まず自分たちが、施設として生き延びることが大事です。外部からの受け入れや、外部への派遣を検討するのは、『そのあとである』、という『順序』が明確でなければなりません。
ですので、我々は『地域ぐるみ』で、まず、災害時に自立して『生き残る』ことのできる準備を、互いに連絡しあって構築して行くのが良いと思っています。八王子では、そのような『地域ぐるみで取り組もう』、という基盤が既にあるので、とても大きなアドバンテージだと思います。
【災害拠点病院として】
『恥ずかしながら』の話ですが、八王子医療センターは、つい最近まで、食料備蓄は、入院患者1日分、職員1日分、がギリギリあるかどうか、という状況でした。非常時用の医薬品や、毛布、担架や包帯といった医療資機材も、どこにどれだけあるのか、きっちり把握できていない状況でした。
最も大事な『災害マニュアル』すら、比較的形式的で、これは新しく作成し直す必要がありました。この状況を受けて、昨年末に、救命救急センターを中心に災害対策ワーキンググループを立ち上げ、突貫作業で、災害対策を進めることにしました。
もともとモチベーションの高い医師や看護師が集まったので、クイックに動くことができましたが、しかしワーキンググループの立ち上げで最も重視したことは、医師・看護師・薬剤師などといった臨床屋だけではなく、事務職員に参加してもらうことでした。
災害を乗り切る『成功の可否』は、ロジスティクスの活躍次第である、と東日本大震災を経験した多くの先生がおっしゃっていました。災害対策に取り組む事務職員の意識というのが非常に大事です。
災害時の指揮命令系統ですが、大阪府医師会が作成した『雛型』が、他施設でも好まれて採用されていたので、当院でもこれを利用して、八王子バージョンを作りました。これによれば、たとえば、休日夜間などに災害が発生した場合も、まずは在院する職員だけで、最低限必要な、『赤色』で示された役割を分担します。1人で複数の役割を担当することもあります。
それぞれの役割に着いた職員は、役割ごとに手渡された『アクションカード』を読んで、どのように行動すれば良いか、その場で把握できる仕組みになっています。次第にたくさんの職員が集まって来たら、より適切な職員を当てがって、役割分担の交代を行ったり、黄色や緑色の役割分担まで埋めるように広げたり、それは対策本部の判断で柔軟に対応します。
【訓練の重要性】
しかし、このような災害時のコマンドシステムが、実際に災害が起こったときに本当に機能するのか?、果たしてマニュアルどおり動けるのか?、という疑問はずっと払拭できません。というのも、災害は滅多に起こらないので、起こったときには、全部忘れている可能性があります。なので、やはり滅多に起こらない災害という特徴に対しては、繰り返し、『訓練』を通して、内容を思い出したり、検証する、それしか方法がありません。
災害医療に取り組めば取り組むほど、訓練の重要性を痛感するようになりました。 しかし大規模な訓練を頻繁に開く訳にもいかないので、そこで我々が取り入れたのが、『机上シミュレーション』です。総勢450体もの模擬患者人形を、直下型地震が発生したという想定で、のいくつものホワイトボードを並べて、対策本部、トリアージ部門、重症診療室、手術室、ICUなどに分かれて、職員がマネージメントする、という訓練です。
これはインストラクターさえしっかりしていれば、非常に有意義なシミュレーション訓練を、簡単な準備で、いつでもどこでも行えます。我々救命救急センターとしては、まずはこういった訓練を企画運営できる『訓練の先生』を養成するべきと考え、写真のような訓練の実習を行っています。東邦大学医療センター大森病院の田巻先生らに、いろいろ指導して頂きました。
いよいよ7月には、病院長ら病院の幹部に参加してもらって、院内初の大規模『机上』シミュレーション訓練を行う予定です。この先は、ぜひ皆さまの施設にインストラクションに伺えるように、経験を重ねたいと思っています。八王子市全体の大規模訓練や、医療圏全体の訓練も、机上シミュレーションで行うことが可能ですし、まずは机上、それから実践という流れで進めるのが良いとと思っていますので、今後あらためて紹介させてください。
【ワーキンググループで取り組んでいること】
その他、我々が院内ワーキンググループとして現在取り組んでいる項目を列記しました。中にはまだ手つかずのものもありますが、これらひっくるめて、2年程度ですべてまとめあげる、というのが目標です。
- 災害用資機材の管理
- 病院建物の耐震化チェック、家具や医療機器の転倒防止策のチェック
- 自家発電器、受水槽、備蓄倉庫のチェック
- 非常用電源、非常用水(飲用、トイレ用)、下水道(簡易トイレなど)、医療ガス、備蓄医薬品、非常食(患者用、職員用)のチェック
- 衛星携帯電話、無線、トランシーバーなど院内外での通信手段
- 災害対策本部設置の基準、場所、指揮命令系統、EMIS
- 職員の安否確認システム・自動集散システム
- 入院患者の避難、手術透析などの中止基準・空床確保・満床時の対応(廊下、会議室)
- 地域連携(病院・自治体・自治会・企業・大学など)
- DMAT・医療救護班(出動・受け入れ)
- 災害訓練、防災訓練
こうした1つ1つは、我々自身も手探りで取り組んでいるのですが、しかし同時に、地域の皆さんに、できる限りこのように発信して、地域の災害対策全体の発展に少しでも貢献したいと考えています。
【災害対策と地域連携】
災害対策は、病院や施設単独ではなく、地域ぐるみで行われるべきもの、だと思いますが、ひっくり返せば、災害対策は、地域連携を活発化させるための良い手段だと思います。繰り返し、八王子市には、八高連など、地域連携の十分な基盤があるので、スムーズだと思います。 我々もぜひそれに乗っかりたいと思っています。
【公助・・・東京都の新しい災害医療システムについて】
では、ここで、全体の1割とは言うものの、やっぱり非常に大事な『公助』について、東京都の新しい災害対策について、説明させていただきます。スライドではなく、お配りした資料を使って説明させていただきます。これは、東京都の災害医療協議会の最新版です。・・・まず1ページ目をご覧ください。
東京都は、東日本大震災の教訓から、災害医療を6つのフェーズに分け、それぞれのフェーズにおいて各医療施設の役割が明確になるようにしました。1ページ目は、各フェーズの、それぞれの時期に起こるであろう事象が記載されています。ふーん、という感じで眺めて頂けたらというところです。
2ページ目をご覧ください。①の区市町村のところに区市町村災害医療コーディネーター、設置推奨、と書かれています。これは八王子市であれば、少なくとも1名、災害医療と地域医療に精通した医師を、市の災害医療コーディネーターとして立ててほしい、という意味です。『推奨』ではなく、実際は必須というイメージです。
②の都ですが、私が任命されたのは下段のほうの『地域災害医療コーディネーター』で、これは、各医療圏に1人ということで、私は南多摩医療圏の担当です。大雑把に言うと、東京都と各市町村の間を切り持って、災害時も平時も、いろいろお世話をしなさい、というものです。
もうちょっと具体的な私の指示された役割を言うと、まず災害時ですが、南多摩医療圏の5つの市のニーズに応えて、1.日本中から集まったDMAT隊を各市に振り分ける、2.医療圏内の広域搬送をコーディネートする。そして、『平時』の役割は、5つの市が新しい災害体制を構築するために、定期的な会議を開催してバックアップする、というものです。
5ページをご覧ください。概念図ですが、右上の、「東京都災害対策本部」が「都庁」です。左側の『区市町村災害対策本部』がたとえば八王子市です。都庁と八王子市の間に、二次保健医療圏医療対策拠点(仮称)を設置し、ここに私のような地域災害医療コーディネーターを配置する、というような概念図のようです。
そして、年に何回か、この医療圏内で、地域災害医療連携会議というのを開くようにとも指示されており、初会合は来る7月4日に、第一回を予定しています。明日案内状を発送します。
この医療圏で開く地域災害医療連携会議とは何なのかというと、8ページをご覧ください。会議の概要を示したものですが、「構成」と書かれた欄が、この会議の構成員として招集するメンバーのようです。医師会や歯科医師会、薬剤師会、保健所、警察、・・・といろいろな方にお声をかけることになっています。
そして、「共通した検討予定項目」という欄がありますが、ここに記載されているのが、この会議で、こういったことを決めてください、という議題です。この中でも最も急ぐ内容は、⑤の区市町村災害医療コーディネーター的役割を選任する、部分です。
各市のコーディネーターの先生が決まれば、私としては、その先生方と相談しながら、事前に意見をすり合わせ、前進することができます。市のコーディネーターは、これまで市の災害対策をリードしてこられた先生に、そのままお役目お願いできれば、と考えています。そういった意図をもって、現在、各市と相談しているところです。
そのうえで、ここには書かれていませんが、たとえば、災害時に各施設間で確実に連絡が取り合えるように、衛星携帯電話、災害用無線、EMISなどの通信機器を整備しましょう、とか、超急性期に重症患者さんを搬送するため、民間救急会社、タクシー、運送業者、郵便局などと協定を結びましょう、など検討課題は多いと思っています。
あくまで、各市のことは、これまで通り、そのまま市とコーディネーター先生にお任せしつつ、私は東京都との橋渡し役しとして、医療圏全体の目標を設定したり、横のつながりをお世話したり、医療圏全体の訓練を主催したり、という点でお役に立てたら、と思っています。
6ページからわかるように、市のコーディネーターは慢性期もさらにお役目は続き、トータルすると最も重要な存在と思われます。気仙沼で経験したような、保健所や健康センターなどで、毎日ボランティアを集めて会議を開き、歯科医師や薬剤師、保健師、その他全ての職種が機能的に活躍できるように、行政との橋渡しをする、という、非常に重要な役割だと思います。そういう先生にお願いしたいと考えています。
さてもう少しです。翻って、3ページをご覧ください。③の災害拠点病院は八王子医療センターや東海大学病院を指します。このたび東京都が最も明確にしたいもう1つの課題は、『災害拠点病院』が、いかに『重症例』にしぼった診療を行うことができるか、そのためにはどのようなサポート体制が必要か?という点です。
そこで考えられたのが、災害拠点病院の下に記載された、④の『災害連携病院』です。これは、災害時の役割分担のなかで積極的に中等症や軽症患者さん引き受けることを目的として、この先新しく登録・設置されるようです。
4ページをご覧ください。これも大きな動きなのですが、『医療救護所』は、⑧と⑨のように、超急性期と急性期以降に分けられ、超急性期のものは、できれば先ほどの『災害連携病院』などの敷地内に作ったり、その近くに設置し、軽症と中等症の患者を集めたい、と考えているようです。
急性期の医療救護所を、従来の小学校や中学校といった公共施設ではなく、災害連携病院などの敷地内やその周辺に、都が移転させたいのは、発災直後、被災者の多くは避難所ではなく、まず病院へ向かうだろう、という予測に基づいた設定のようです。
こうして医療救護所に集まった傷病者の中から、重症患者を選別し、災害拠点病院に搬送する。その流れをスムーズにするために、災害医療コーディネーターを、市や医療圏に設置して、地域の新たな指揮命令系統を構築しよう、というのが、都の青写真のようです。
【災害弱者について】
最後ですが、ここまでの内容に、高齢者施設の入所者や、精神疾患病棟に入院中の患者さんにスポットを当てた部分はありませんでした。東京都の災害医療協議会でも、こういった『災害弱者』に関する質問がいくつか出ましたが、今後の検討課題のようです。現場の先生方は、さまざまな対策をお考えと存じますが、私自身は今のところ何らビジョンを持ったコメントができません。まさに八王子エリアにおいて、災害弱者のことは今後の課題だと思います。
【まとめ】
しかし、繰り返しますが、八王子には急性期から慢性期や在宅まで、取りこぼしなく皆で集まって考えよう、という基盤があります。今日はまさに、八高連のお力で、このような多職種、多領域にまたがる皆さんに来て頂きましたし、始め申し上げたように、自助7割、共助2割の世界ですから、この先の災害対策の展開には、地元のつながりが最も大切なのだと思います。
今日は八王子の救命救急センターの医師や看護師スタッフも大勢来ていますが、地元のつながりというか、顔の見える関係を大切に、そして『地域ぐるみで災害医療体制を』というのを、コミュニケーションの手段として、日ごろの医療連携を、より充実したものにできれば、と考えています。みなさん今後ともよろしくお願いします。ご清聴ありがとうございました。
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