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第1回 「断らない三次救急」の実現 「見えないところ」に本当の意味がある

第1回 
「断らない三次救急」の実現 「見えないところ」に本当の意味がある

2009年9月、私は、36歳のときに、救命救急センター長を拝命した。

心の中で「断らない三次救急」を救命救急センターのゴールに設定した。
掲げるのは簡単だったが、実行できなければ意味がなかった。

その実現のためには、あらゆる摩擦を乗り越えなければならなかった。
しかし、私にとって、そのゴールは「must」であった。「should」ではなかった。

これが、救命救急センターの原点であった。
どうすれば「must」を実現できるのか? 24時間365日考え続けた。

例えば、
「若手人材の獲得」は非常に重要であった。
「他科との協調」も、大きな課題として取り組んだ。

しかし、私が最も重要と考えたのは、「部下を信じる努力」であった。

自尊心との闘い

「部下を信じるこころ」は「見えない努力」であり、私自身の自尊心との闘いであった。

「部下を信じる心」は目には見えない。
言うのは簡単だが、誰にでも実行できるものではない。

私も当初は、「部下を信じる心」など無かった。

トップになると、部下は私に称賛を求めた。
しかし、私はトップなので、部下に称賛を求めることはしなかった。

当時の私は、今以上に臨床、学術、マネージメント、どれひとつ自信を持てずにいた。
余計な「自尊心」や「羞恥心」が、私を苦しめた。

自分を一旦脇に置き、部下を心から「信じる」。それは本当に難しかった。

とくに、部下がエラーを犯したときは、より一層、難しかった。
しかし、上司の真価は、そんな時に問われると思った。

私は、エラーの直後にこそ、部下に対して100%の信頼を示すように心がけた。

部下も人間なので間違うことはある。
少しの間違いと、対照的に、日ごろからの大きな功績。
後者を見ることで、少しのエラーは許容できた。

自尊心との闘いは、次第に、克服できるようになった。

『私の自己顕示性ほど、組織に有害なものはない。』

「断らない三次救急」という目標を達成するためには、
自分への執着を無くすこと。それがトップの使命だと、徐々に気が付いた。

「ぶれない」ゴール

私にとって「断らない三次救急」が「must」のゴールであった。

私には、常に「must」のゴールが念頭にあった。
そのうえで目の前の「相手」がいた。

どうすれば、八王子市民のために「断らない三次救急」を実行できるのか。

そのためには、今、目の前のステークホルダーに対して、
自分の意見を押しつけるべきか、いや、ここはひとつ譲歩するべきか。

その「判断」の連続であった。

私は、主役である部下に、多くのことを譲った。
しかし、「must」のゴールだけは譲らなかった。

「断らない三次救急」は言葉ではなく、非言語的な、私の「信念」であった。

その「信念」さえ受け入れてくれたら、
残りの現場運営は、主役たちに任せようと思った。

私は「救急車を断るな」と、言葉で部下に伝えた覚えはない。

だが、我々は、東京都に26ある救命救急センターの中で、
最も高い応需率を現在5年連続で達成している。

「断らない」というのは簡単なことではない。

夜間、少ない人数で、何件も同時に救急車を受けると、
一晩中、眠れないどころか、水分すら摂れないような、厳しい時間を過ごすことになる。

その後の、生命をかけた集中治療も、精神や肉体を消耗する。

しかし、若い彼らは八王子医療センターの役割を鑑みて、
三次救急は断ってはいけないという強「想い」を持った。

命令して実行させられるのであれば、
どの施設でも、計画通りの高い応需率が得られるはずである。

八王子医療センターの応需率が高いのは、
「命令」ではなく、医師をはじめ職員みなさんの「正義感」に火が付いたのである。

組織としてのゴール(=全体最適)を達成するには、
個々の都合(=部分最適)は3割くらいに控え、相手の意見を尊重しなければならない。

そういう考えは、次第に部下たちに伝わった。

いま、彼らの言動をみていると、日々そのような意識で行動している。
少なくとも、そうしようと、もがいている。

文化を作る

「見えないもの」が、組織に広まり、「断らない三次救急」が文化になった。

救命救急センター長として10年間、
私は「見えないこと」にこそ、力を注いできた。

1つは、ぶれない「信念」である。
トップの中にある「断らない三次救急」の想いは、組織にとって一番大事だったと思う。

もう一つは、部下を信頼する努力である。

現場のことは大幅に主役たちに譲歩した。
その際の、「私の中の自尊心との闘い」は非常に重要であったと思う。

結果、今となっては、「断らない三次救急」という「must」のゴールは、部下たちにだけでなく、八王子医療センターの多くの職員に伝わったと思う。

このような「見えないもの」を広げ、定着させたこと、
すなわち「組織の文化」を作ることができたこと、

この体験が、私に次なる勇気を与えた。

私の中には、次なる「ゴール」がふつふつと芽生えている。

公開日:2020年1月14日  カテゴリ: 新井隆男のブログ

プロフィール

救命救急センター長 新井隆男

東京医科大学八王子医療センター
救命救急センター長 新井隆男

◎所属学会 認定資格
日本救急医学会指導医
日本救急医学会関東地方会
日本臨床救急医学会
日本外科学会
日本腹部救急医学会
日本感染症学会
日本熱傷学会
日本プライマリ・ケア学会

◎これまでの社会活動
東京DMATインストラクター
東京都地域災害医療コーディネーター